FC2ブログ

スポンサーサイト

 --------
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カテゴリ :スポンサー広告 トラックバック(-) コメント(-)

心配を祝福に〜心配の取り扱い上級者編

 2018-04-05
【心配を祝福に】

長男の入学式でした。
中学生の入学式も合同で…男の子の大群です。
学ランで真っ黒な会場に響く低い声…(笑)
もう慣れたけど。

長男については、この3年間心配しっぱなしで、
本当に、ほんっとーに、母親として精神的に鍛えられました。

ただ、コミュニケーションの勉強なんかをやっていると、
心配は不幸を願うも同じことだ、と知識で知ってしまいます。

とはいえ、「わかっちゃいるけど、心配だー、寝ても覚めても気になるぞー」と、自分の心配心をひどく持て余すことも多かったです。

「心配とその対処法」ってテーマで、ちょっとしたレポートが書けるくらい、心配ってやつと付き合い、探求した気がする。


ある日、いよいよ、のっぴきならない壁に彼がぶつかり、私の気持ちが千々に乱れまくったときがありました。

そのとき、激しい心配の渦の中で、ふと不思議な境地に立ったことがありました。

「ん………?あれ?
この子、もしかして、いますごく豊かなものを味わっているんじゃない?」と。

悩むことはいい体験になる、とか、そんな言葉でリフレーミングしたのではなく、ただ、なぜか、本当にそうだと感じてハッとしたのです。


そして、
「ああ、この子はいま、生きることを全身で生々しく味わい、堪能しているんだなあ」と、悩みの最中の彼を心から祝福したくなってしまったんですよね。
そしたら、わたしから彼へかける言葉まで、丸っと変わってしまいました。

そしたら急に、私が呑気なことを言うようになったから
「もう、お母さん、なに呑気なこと言ってんの(笑)」と、深刻だった長男も、調子狂って笑っちゃってました。

久しぶりに緩んだ顔を見て、「ああ、こういうことなのねえ。心配するのではなく、信じろ、ということは」と、新しい人生の発見をした気分でした。

この3年間の一番大きな学び。まさに、心配の取り扱い上級編のような体験でした。


それにしても、「心配」から言葉を発していたときの、
腫れ物に触るような声かけ、
慰めているようにみえて「信じてない」が混ざったうわべの言葉…。
きつかったろーに。
ほんと、ごめんね。


ちなみに、なぜ、私がそんな境地に立てるこころの隙間が出来たか。

それは、彼の窮地に、夫が息子に「いつでも帰って来ればいい」と、伝えた姿を見たから。
実は、私は夫が一番あわてふためき動転すると思ってました。なのに、迷いなく伝えたこの言葉。
それで、なにか私の枠がポロっと取れたのです。

さすが、ご縁あっての家族づくりプロジェクトパートナー。
片方へこめば、片方がんばる。

長男よ、たくさんの貴重な学びをありがとう。

高校進学、本当におめでとう。

さあ、次はどんな3年間を創るのかな。
お母さんはもう平気だぞ。なんでもこーい!
スポンサーサイト
コメント












管理者にだけ表示を許可する
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。