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遠慮は社会の迷惑です〜から、1年。

 2018-03-20
【「遠慮は社会の迷惑です」~相対からの絶対への意識の脱出】

これは、1年ほど前に書いて採用されたエッセイです。
「遠慮は社会の迷惑です」

このエッセイを書いた昨年の2017年は、私にとって、
謙虚さがどれほど傲慢な事かに気が付いた年であり、
光の強いひとがどれほど自分の光を恐れているものかを知った年であり、
自分自身を私物化してはいけない、と気がついた年である。

謙虚さとは、意識的にやるものではなく、他者評価に過ぎない。

光と向き合う勇気は、闇と向き合う勇気と等しく、恐ろしいことだし、苦しいもの。
…であるのはよく分かるが、一方で「わたしなんて」と遠慮して持てる才(光)を出さないことが、どれほど傲慢で強欲で保身の強い行為でもあると思う。

その謙虚さは、持てる才を我がモノと思い込んでる証拠ではないか、と。
その才と、それを磨く機会を与えられただけなのに。

周りからやってくる嫉妬や妬みという恐ろしさを超え、
もしくはそれを受けることなく、
もしくは、華麗にスルーして、与えられた才を世に放つためには、

長年社会に植え付けられた相対意識から、
存在の絶対意識へ脱出することが不可欠なのかもしれない。

自分への厳しい評価で動けないときも、同じこと。

相対から絶対への脱出は、
自分自身を私物化する意識から脱却することになる。


ダイバーシティと組織での発信力について毎日語る今週は、このことを改めて考えています。
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