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旅行中に受けた(ちょっとした)差別体験で感じたこと

 2017-09-27
キラキラ旅行報告もまだありますが、キラキラしてないところで、差別の体験でも書きますね。

欧米に行くと、日本では体験しない「尊重されてないなあ」の扱いを大なり小なり受けますね。
ただでさえ、お客様は神様扱いしてくれる日本から一歩でると、お客とお店はそこそこ対等な関係性だから、細かなところで面食らうものですし。

そこに「あー、これ東洋人への差別なんだねー」と気がつく何かに出会うと、軽くショックでへこんだりして。

スイスはその辺があまりない国とは聞きましたが、それでも、レストランで席を端の方に追いやられたり、
空港では私だけ軽く不当な扱いうけたり(それで怒って英語が上手に話せたんだけど(笑))、
ある観光地では、名所でそこの従業員さんが個人の持ってる携帯で順に写真を撮ってくれるのだけど、明らかに、本当に明らかに、私の時だけ無愛想、無口、返事なしだったりしました。

しかし、怒りというより、最近話題の「サピエンス全史」を読んでいたので、「なるほどーこれかあ、歴史感じるなあ」なんて、妙な感心(笑)の方が大きかった。

まあ、仕方ないよね、悪意というより、無知やホモ・サピエンスの長年の無意識な慣習なんだろうね、みたいな理解の感覚の方が大きくて、
有冬典子さんそのものが侮辱された感覚にはならなかった。

ただ、寂しさや悲しみはありました(T_T)
あ、空港では別ね。空港では明らかに不利益となりそうだったので、「こら、こっちが小さくて、顔平たい族だからって舐めたでしょ!」と思って、ちゃんと怒って主張できてよかった。
(「顔平たい族」わかる人いるかな?)

東欧で、そのときの空港での体験をはなしたら、日本と仕事してたことがあるという現地のお父さんが言ってました。
君たちもなかなか差別するよね、と。

当時のその方の部下だか同僚だかのある国の方が、日本人同僚?から本当に無意識なヘイト的なことをされたことがあるみたいですね。
日本人もなかなかえぐいよね、的なことでして、確かにネットで見聞きする話でもあり、耳がいたかった。
そんな経験と、この本のおかげで、
私は私の中にある、そして誰の中にもある、
差別意識暴走への小さな種をわかりやすく把握出来る体験ができました。

ざっと3つにまとめてみました。

ひとつは、むやみな清潔への傾倒。
これ、気をつけなくちゃいけないね。
清潔感や不潔感は、昔から差別意識醸造の大きなツールらしいのです。言われてみれば、確かにそうね。

あと、優越感と劣等感。
これは片方の強さの分、もう片方も同時に持っているということを、粛々と認めること。
劣等感が強い人は、同じだけの優越感を持ち、
優越感が強い人は、同じだけの劣等感を待ち、
それらはそのまま断絶を生んでいる、てこと。

「降りて行こう」と決めてかなり降りているつもりだけど、
もっともっと降りて優越感も劣等感もないところへ出たいと改めて思いました。

そして、最後は、人間のどうしようもない歴史。
いや、正確には、人間のもつエゴの歴史。

我々の深い意識は、どうも安全に生き延びるために、差別というシステムを生んだようです。

そして、エゴの怯えで我々は安直に二項対立を作り、まやかしの安全の中にいる。
誰かを犠牲とした安全のなかに。

もし今、「〜はおかしい!」と、どこか感情的に「正しい、間違ってる」を言い出したら、エゴの罠にかかってる。
どれほど正義を叫んでいても。多分。

我々には知性がある。
知性で自分の中に発生した白黒付けたくなってる意識に気づけるはず。
そしたら、何らかの形で発信、行動してしまう前に(それは多くの場合、正義のラッピングに包まれている)、まずは冷静になれる。

「あ、なんか私の中で始まった」って感じで様子を見れる。

冷静になったところで、最後に内的客観性。

差別を受けた時も、その逆にはまったときも、自分の中にある全部の状況をただ「みる」こと。

むやみな「怒り」や「疎外」だけでなく、
ちゃんと、
悲しみや、
笑顔を交わしたかっただけという願い、
小さくよぎった不潔感への攻防の意識、
その不潔感が根拠のないものであると知ってる知性の声、
こっちの正義と相手の正義それぞれのもっとも感、
こちらの劣等感、優越感、
相手の劣等感、優越感…
などなど。

あ、あと、忘れてはならない自分と相手の「誇り」もね。

とにかく、それらを全部眺めてみること、なのかもしれないね。

そうしたら、この世から差別はなくなる…、のか?
そんなの、私にはわかんない。

過去何万年も続いてる人間の差別の歴史に、この胃腸の弱い私が(笑)、到底たち打ちできる気もしないし。

ただ、自分という個人の中に沸いたその種は(繰り返すけど、差別されてもしてもね。自分を含めた誰かを裁いたらそこに差別の種はあるから)
その種から芽吹いた黒い花の花粉を撒き散らす前に、
知識や客観的内観で、知的好奇心で存分に楽しめるみたい。

つまり、その内側の現状を楽しめたところで、感情をダダ漏れさせることなく、ある程度楽しく消化して、まずは全て善き思い出となって笑い飛ばせてる。

私が責任を持てるのは、ここまで。

自分に降りかかったものを自分の中で責任もつ誠意を意識するまで。
まずは、そういうことだな、と考えてました。
環境が変われば、色んな体験ができますね。

何はともあれ、
スイス、大好き。
東欧も大好き。
またヨーロッパへ行きたい
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