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誰も彼女をいじめることは出来ない(エッセイ)

 2017-06-06

「ねぇねぇのりちゃん。
わたしさ、
小学校6年の時にクラスで
イジメにあっていたらしいのよね」
と、奈津子は言った。

「はっ? 
らしいのよね、って、どういうこと?」
と、私は尋ねた。

「あのね、
私、自分がいじめられいたなんて、
知らなかったの。

昨日ショッピングモールを歩いてたら、
小学校時代の友達にばったり会ってさ。

少しおしゃべりをしていたんだけど、
そのときにこう訊かれたの。
イジメにあったから、私立中学に入ったの? って。

ちょっとびっくりした。気がつかないものねぇ。
けけけっ!」

奈津子は少し甲高い声で
「けけけっ!」と笑う癖がある。

「気がつかないって…」
イジメられている本人がそれに気がつかないことなど、
あるのだろうか。

「いや、奈津子ならありうる」
このころ密かに尊敬し始めていたこの友人に、
またまた私は感心することになった。

「奈津子らしいなあ。
ほんと、奈津子って一体何でできてるの?」
と私は彼女に言った。

「けけけっ! 私が何で出来てるかって? 知らないよう」
と、奈津子はおかしそうに笑った。



私たちは、
地方都市にある中高一貫教育の私立中学で知り合った。
入学式で名前順に並んだとき、私の前にいたのが奈津子だ。

奈津子は愛想のいい笑顔を見せて振り向き、
「どこの小学校だったの? 
私は南小学校だよ。よろしくね」
と声をかけてきた。

同じ公立小学校からこの私立中学に入学した友達はおらず、
少々心細かった私は声をかけられて嬉しかった。

「よろしく。 私は西小学校だよ」

「へぇ! 西小学校なんだ。偶然だね。
その小学校の隣にあるピアノ教室に通ってたんだよ」

と告げて、奈津子は笑った。
「けけけっ!」

「ちょっと変わった子だな。でも、友達が出来てよかった」
と、私は思った。



クラスが始まりしばらくすると、
女子は幾つかの仲良しグループに分かれた。

奈津子はどこに属するわけでもなく、
気の向いたときに、気の向いた友達を捕まえて
おしゃべりをするような女子だった。

しかし、ほんの少し風変わりな彼女は、
間も無く一部のクラスメイトから、
からかわれたり悪口を言われたりするようになった。


前歯の矯正器具を丸出しに「けけけっ!」と笑う姿や、
赤いメガネをかけて、
飾りのないただの黒いゴム紐で髪をひっつめている奈津子は、
野暮ったく見えた。
女の子の間で流行している小物にも興味がない。

そんな奈津子は、
おしゃれを楽しみ始めたばかりの感度の高い女子たちから少し軽く扱われた。

クラスの係が一緒になった女子などは、
「最悪ぅ〜。奈津子といっしょになっちゃった」
などと、自分たちのグループで聞こえよがしに愚痴を言っていた。

「キツイこというなあ。奈津子、かわいそうに」
と思って私は見ていた。

しかし、奈津子は強かった。

その大きな声は奈津子の耳に届いているはずなのに、
全く屈託のない笑顔で、

「あ! そうだ、せーちゃん。
今日の放課後に係の委員会があるんだって。
一緒にいこ!」
と、たった今自分の悪口を言っていたその彼女に声をかけていた。

「あんたね、せーちゃんとか馴れ馴れしく呼ばないでよ」

「いいじゃん。せーちゃんなんだからっ。けけけっ!」
と奈津子は意に介さなかった。


「奈津子って鈍感なのかな? でも、強いなあ」
と、私はそれを見てなぜかうっすら感心の念を感じた。



男子の間でも、彼女は煙たがられた。

誰でも気安く声をかける奈津子だが、
思春期特有のささくれた感情を持て余す彼らは、
彼女の人懐こい態度に残酷な対応をすることがあった。

「ねぇねぇ、金森君。ちょっと数学のノート見せてよ」
と奈津子が話しかけると、

「うるっせえな、奈津子。俺に話かけてくるな。キモいんだよ、お前」
と、彼女に暴言を投げつけたりした。

しかし、やはり奈津子は強かった。

「なに〜? 
あ、わかった。金森君、私のこと好きなんでしょう」
とやり返した。

「やめてくれ、なんでそうなるんだ。キモいこと言うなっ!」

「やっぱりそうなんだ~。いいよぉ、好きになっても」

「やめろって」

「ノート貸してくれたらやめる」

「もう、勘弁してくれよ。ほら、ノートもってけ」

と、とうとう金森君はノートを奈津子の方に放り投げて退散した。

「けけけっ!」
奈津子はノートを受け取り笑った。

「ハガネの精神の持ち主だわ」私は心底感心した。



その後もしばらく、イジメめいた仕打ちは続いたが、
奈津子は万事この調子だった。

彼女の中に、
惨めさや悲観めいたものを見つけることは出来なかった。
それどころか、
彼女はいつもどこか楽しげな雰囲気をもってさえいた。

やがて、攻撃する側も手ごたえのなさにあきらめたのか、
徐々に彼女への風当たりの強さは収まっていった。



入学式に声をかけてくれたとはいえ、
私は彼女と特別親しくしていたわけではなく、
他の女子と同じように私も普段は数名の仲良しグループの中にいた。

しかし、ちょっとマイペースな性分も持ち合わせていた私は、
単独行動をすることもよくあり、ふらりとひとりで図書館に出向いたりしていた。

そんなときに、よく奈津子に声をかけられ
軽くおしゃべりをしたりした。

「小学校の時にいじめられていたことを気がつかなかったなんて、
ほんと、奈津子らしい。
奈津子って、一体何でできてるんだろう」

私は尊敬の念を感じながらも、
奈津子という人間が不思議でならなかった。



卒業後、進路は分かれた。
彼女との交流は、卒業後も年賀状のやり取り程度で細々と続いた。

何年か経ち、彼女は結婚をした。
同時期に私も結婚をし、
偶然私たちは同じ街に住むようになった。

同郷のよしみで、私たちは学生時代より頻繁に交流することになった。


当時、私には悩みがあった。

夫は真面目で家庭を大事にするのはよいが、
神経質で、ハシの置き方、ご飯のおかずの数など、
些細なことに関する注文が多かった。

私はそれらにせっせと対応していたのだが、
徐々にそんな毎日に疲れ始め、夫と過ごすことが苦痛になってきていた。

そんなとき、奈津子に会っていると気がまぎれた。

彼女はおもしろそうなイベントを見つけるのが上手だった。

「今度こんな子ども向きのミュージカルがくるらしいんだけど、
のりちゃんも一緒に行かない?大人が観てもすごく面白いらしいよ」
と誘ってくれたりした。


実際、奈津子は学生時代から
実に多趣味で好奇心旺盛だった。

当時の身なりに無頓着な様からは想像出来なかったが、
彼女は由緒ある良家の娘で、
幼い頃から茶道や楽器のハープなどを習い、
本人も楽しんで通っていたようだった。

また、洋楽が好きで、
中学時代に流行っていたデュラン・デュランのカセットを
私に貸してくれたのも彼女だ。

私はその後、その英国バンドのファンになった。

かと思えば、
父親の古いタイプライターを納戸で見つけたので、
試しに英語の教科書を見ながら打ってみたと、
びっしりタイプライターで英文が打ち込まれた紙を見せてくれたこともあった。

ある時など、自分で書いた短い推理小説を読ませてくれたりもした。

その多趣味ぶりは相変わらずで、
今は幼稚園のひとり娘と一緒にフラダンスに凝っているという。

学生のころやっていた茶道は師範級になったらしい。

生活そのものも楽しんでいた。

比較的豊かな暮らしをしているにもかかわらず、
親のしつけだろうか金銭感覚は質実で、

「このミキサー、ドラッグストアのポイントを集めてもらったの」
などと、ショップのポイントあつめや、
高級スーパーの特売日を狙って通っていることを楽しそうに話してくれた。

さらに、
「毎週末、ヒルトンでシャンパン・デーっていうのをやっているんだって! 
ヴーヴクリコが5千円で飲み放題ってすごくない? のりちゃん、行こうよ」
と、華やかな楽しみにも手を出していた。

夫とのことで日々を灰色気分で暮らしていた私とは違い、
彼女の毎日はとてもカラフルに見えて羨ましかった。

「幸せそうだな。きっと優しいご主人なんだろうな」
私はまだ会ったことがない奈津子の夫を想像した。



が、その実態はかなり違っていた。

ある日、奈津子の家で夕ごはんをご馳走になる機会があった。
奈津子が作ってくれた野菜たっぷりのカレーを食べていると、
彼女の夫が帰宅した。

「いらっしゃい。いつも妻がお世話になっています」
と、彼は物腰柔らかく私に声をかけてくれた。

若手の勤務医である奈津子の夫は、
夕食を済ませるとまた病院に戻るという。

部屋に上がるとすぐに私の座っているダイニングテーブルに自分も腰かけ、
にこやかに如才ないやりとりで私と簡単なあいさつや世間話をした。

「やっぱり、思った通りおおらかで感じのいいご主人だなあ」
と私は思った。


しかし、奈津子が夫にカレーを差し出したとき、彼は豹変した。
彼はものすごい勢いで圭子に怒り始めたのだ。

「なんだこれ? 奈津子っ! 
僕が大きく切ったジャガイモを嫌いなこと、知っているだろうっ!」

私は驚いた。
しかし、奈津子の夫は、
初対面の妻の友人が目の前にいるにもかかわらず、
彼女に怒鳴り続けた。

「前も言ったじゃないか。
もういい、これ、替えてくれ!」

彼は癇癪持ちだったのだ。

「わお。うちの夫以上だわ……」
私は彼の剣幕に気おされて、萎縮した。

一瞬にして、場に重い灰色の空気が流れた。




……と感じたのは、私だけだった。


「ごっめ〜〜ん! そうだったっけ。忘れてた。けけけっ!」
と、奈津子の陽気な甲高い笑い声が食卓に響いた。


そして、カレーをよそい直しながら、
「そうだ、あなたも一緒に行かない? 
ヒルトンのシャンパン・デー。
のりちゃんのご主人と夫婦2組でいこうよ」
などと、話しかけている。

奈津子の夫も、
「それはいいね!」
なんて答えて、
つい先ほどの自分の癇癪も忘れたように
気のいい人に戻っている。

「でしょ? けけけっ!」
と、奈津子は楽しそうにまた笑った。



「奈津子って、ご主人の小言に上手に対応するね。
中学の時、せーちゃんや金森くんからちょっかいをかけられても、
あなたがうまくやり過ごしていたことを思い出したわ」

奈津子の夫が再び病院へ戻っていったあと、
私は切り出した。

「そうだっけ?ま、みんな言いたいだけなのよ。
言わせておけばいいのよ。
あの頃のせーちゃん達も、うちの夫にしてもさ。

のりちゃん、そんなことより、シャンパン・デー、いつ行く?
来週土曜日なんて空いてる?」
と、冷蔵庫に貼ってあるカレンダーに印をつけながら
彼女は答えた。



奈津子は鈍感などではなかった。
ちゃんと自分に、
灰色の種が降ってきたことをキャッチしていた。

しかし、日々のカラフルなときめきに夢中な彼女にとって、
それは取るに足らない些細なことだった。

茶道やハープやデュラン・デュラン、
タイプライターや小説やミュージカル、
フラダンス、ポイントカード、シャンパン・デー

などで埋め尽くされている豊潤な彼女の心の土壌に、

惨めな物語の種が芽吹くことは出来なかった。


「奈津子って、すごいもので出来ていたのね」

彼女は自分の人生を
健全に豊かに生きる知恵に恵まれた、
尊敬すべき聡明な友だった。



奈津子の家を出るのが遅くなった。
私の遅い帰宅に、
夫は一言、二言、嫌味を言うだろう。

「けけけっ!」
私は夜道を歩きながら
一人でこっそり奈津子をまねて笑ってみた。

お酒が好きな夫に、
来週末のシャンパン・デーを提案することを思い出した。

「うふふっ……! 喜ぶだろうな」

今度は自然に笑いが込み上げた。

≪終わり≫

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