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ストイックとオーガニック

 2016-08-25
【ストイックとオーガニック】

5月にサンフランシスコ州の霊山シャスタ山とロスアンゼルスに行った時の体験。

シャスタの村でもロスでも、健康意識、オーガニック意識はとても高かったです。

シャスタでは、小さな街のスーパーでもわんさかオーガニック野菜が並び、真っ白な食パンなどひとつも置いてありませんでした。

観光者向きの商店街は、後ろにお客さんが並んでいても定員さんはのんびりとレジを打ち、

「あら、あなた、素敵なものを選んだわね〜、このピンクがいいわ!うーん、ラブリー❤️」

なんて私と対話を楽しんでくれて、後ろに並んでる人が気になって私が焦っちゃいました(笑)。


夕方5時にはシャッターを下ろし始めちゃうし、街全体もそうやってなんとなく無理がなくて、オーガニックなムードでした。


さて、ロス。

シャスタからそのままロスへ向かいましたので、なんだか地の感じが反対の街に来たなあと思ってました。

シャスタ山は人の手があまり入っていない大自然の地。

そしてロスは、そもそも、砂漠を開拓して大都市にしたのですものね。

街全体がファショナブルできらびやかで賑やか、そして、加工的な感じです。

観劇、ショッピング、優雅な食事も好きな私はロスも大好きになりましたが、
少し気になったのは、やはりオーガニック食品あふれるロスの健康志向が、過度に見えたことです。

まず、徹底したベジ志向。サラダセットを頼むとパンを付けるか確認されます。
断ると食事はサラダだけ。セットじゃないじゃん(笑)

また、あちらのご家族とお食事しましたが、お嬢さんと奥様はベジタリアンとのこと。

レストランにご案内頂いてご一緒してるとき、
やはりそのレストランのメニューにお肉がない。
炭水化物もほとんどない。
パスタはほうれん草のパスタ。

それが向こうの高級レストランのスタイルでした。

さらに、写真のサンタモニカの海岸でのこの光景です。

IMG_3356.jpg


わかりますかね?

これ、海岸でのアクティビティで遊ぶアメリカンたち。

…って、あきらかに、遊んでないですね。
がっつり本気トレーニングしてますね。

みなさんの身体能力の高さに、
わたしはどこかの体操クラブの合宿でもあったのかと思ったくらいです。

でも、毎日ちがうグループがこうやって技を披露してたり、
1人で来てるひとも、塀でおもむろに腕立てを始めるから、
こういうトレーニングや逞しいからだづくりが、都会ではひとつの大事なファッションでもあるのか、と理解しました。
…だから、女性もムキムキ。


というわけで、ロスでの健康志向はオーガニックなようで、そのムードは人工的な印象でした。

オーガニックなのか、人工的な健康志向なのか。

それは多分、そこにストイックさを感じるかどうかだなあって思いました。

ストイックになってる時点で、自然と調和するリズムからずれるのね。

そんなことを感じておりました。

(^◇^;)(^◇^;)(^◇^;)(^◇^;)(^◇^;)(^◇^;)

わたしを生きる、ということは、
自分の中の純粋な意図を掴んで行動に移すということなのですが、

その行動にどこかストイックさを帯びるとき、

それはオーガニックに湧き上がる純粋な意図からではなく、

なにか焦りや欲や競争やこのままじゃダメだ感にかりたたれたものなのかもしれません。

ストイックに生きることは刺激的で、わたしは結構好きだったけど、

今はちょっと疲れちゃうな。

そんなことを、今朝思い出しておりました。

足元のリズムを見直しつつ。
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恐れの自家中毒

 2016-08-19
【恐れの自家中毒】

内側の恐れが強いとき、外側に起きる出来事を自分の内側で恐れとして受け取り、苦しんだり怒ったりすることが人にはある。

それを私は、「恐れの自家中毒」と呼んでる。

その出来事に愛や善意しかなくても、勝手に自分の中で疑心暗鬼に陥る。

それは事実なのか、自分の内側の声なのか。
それは事実なのか、確認なしの決めつけなのか。

一旦、恐れの自家中毒に陥ると、真実を見抜くのはなかなか困難になる。

だから、自分が何かに怖がってるときは、外界の情報を普段より丁寧に扱わなくてはならない。
慌てて取り込むと、恐れの罠に落っこちる。

そこから脱却するには、勇気を持って相手の真実を確認する以外ない。もしくは、自分の内側の声を見抜くか。その両方とも、自分の非を認めることになるので、なかなか一歩踏み出しにくいものだ。

そして、真実は、世界は結構やさしいということ。

そこには、心からの笑顔があるだけ。愛想笑いに見えてるかもだけど。

そこには、純粋な気遣いがあるだけ。下心があるように見えてるかもだけど。

そこには、軽いユーモアがあるだけ。嫌味に聞こえているかもだけど。

そこには、ただ意見があるだけ。避難されている気がするかもだけど。

そこには、愛しかない。今は信じられないかもしれないけど。

外側ではなんにも起きていない。
起きていないのに、自分で闇を作り上げて勝手に哀しみ、怒り、憎む。

恐れの自家中毒。

よーく見て。
なんにも、起きていないんだってばさ。自分の内側以外では。
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