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個人セッションの受付開始

 2016-01-23
◆お知らせ◆
個人セッション受付ページをつくりました。

コーチングをベースに、ワークを導入したりアドバイスやフィードバックも積極的に行っていくため、セッション名は「ACCメンターコーチング」と名付けました。(ACC=有冬C&Cコンサルティング)


10年ほど前はマンツーマンのコーチングセッションをしておりましたが、講演・研修に適性があると感じてからは、積極的には相談系サービスをしておりませんでした。

ただ、ここ2〜3年は、かつてのクライアントさんや、研修に参加された方、また、Facebook・Blogを見た方などから、ちょこちょことご相談やメンタリング等のお問い合わせが入るようになり、そのときは有料個別セッションをご提供しておりました。

まるでレストランの裏メニュー的でしたが、私を活用して頂くことで「わたしを生きる あなたと生きる」ことのお役に立てるのであればオープンメニューにして貢献しようと感じるようになりました。

月曜、土曜の午前中のみ受け付けております。
対面のみです。お問い合わせはホームページからどうぞ。

個人セッションページ
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女性部下を持つ男性上司のためのマネジメント基本研修

 2016-01-21
本日は、「女性部下を持つ男性管理職のためのマネジメントの基本研修」でした。
九州から広島、神戸と広い範囲から、様々な業界の男性陣があつまりました。

ダイバーシティマネジメントの成功は優劣、良い悪いで他者をみることから離れてそのままの個性として認識することから始まります。

往々にして人は自分と価値観が合わない人と出会うと、「めんどくさい奴」「変な奴」と思ってしまいますが、相手の価値観を理解すると、とたんに興味深くその相手を見つめることになります。

同じ日本人どうしても、男女の異文化交流がそこにあり、タイプ別の異文化交流がそこにあります。
それにしても、めちゃ笑ったなあ~。楽しかった。

いそいそして、生きる。

 2016-01-20
雪がうれしくて、朝いそいそと学校へ出かけた次男。

その後ろ姿をほほえましく見送りながら、
大好きな作家のひとりである田辺聖子氏がエッセイで

「人生、いそいそとすることが多い方がいい。いそいそすることが人生のたのしみ」

と書いていたことを思い出しました。

いそいそして、生きていきたいですね。

『わたしを生きる あなたと生きる』

これぞ、きれいごと力の実現。

 2016-01-13
うっひゃ〜!

昨日の続きになるけど、これぞ、「きれいごと力」の底知れぬ可能性だなあ。

これでもあなたは絶望できるか?

きっと、ここまでくるのにたくさん「きれいごとだ」「青臭いぞ」って言われたんだろうなあ。

自然活動家になれるほど、わたしは自然への愛が豊かに開花している人間ではないけど、

出張から帰ったらマンションの隣の雑木林が綺麗さっぱり刈り取られて土がむき出しの更地になっていて、そのとき、なぜか思いがけずショックを受け、一晩たっても胸が痛かったことがあったんだよなあ。

夫も息子たちも、「あー切っちゃったんだ、なんだかなあ…」ってずっと言ってたし。
ってこと、思い出した。

そういう日常の細やかな感性を無視しないでいることが大事なんだろうな。

そういうものを自分のなかで見逃さずに丁寧によりそって過ごしていたら、どんな絶望的な状況でも希望を見つめ続け活動をしつづけられる情熱と行動力につながるんだろうな。

それは自然だけじゃなく、絶望的な組織でも絶望的な人間関係でも同じことだとおもう。

目の前にあるその出来事は、絶望的に見えてそうではないということを見抜いて、いや、信じて進めば、ひとはどこにたどりつけるのかな。

信じて進むために必要なものは、心がふるえる「きれいごと」。
うーん、なんか昨日からいやに熱いぞ私(笑)

「きれいごと」について

 2016-01-12
〜「きれいごと」について〜

本日、登壇仕事始めでした。
今年で講師歴15年目を迎えることになるのだなあと思いつきます。

かつて自分が講師として話していることが、
きれいごとではないのかと疑った時期があります。

まだ、30代半ばのころでした。

組織を飛び出した私が、組織内で職場や生き方に悩む人々に、
フリーランスというしがらみのない場所から浮ついたことを話しているのではないか、
と自分の仕事の質を疑ったのです。

べつに、だれもそんなことを言う人はいなかったけど、
ひとりで課題に感じていました。

それから10年弱。

「きれいごと」をガチで生きてみたら結構ドロドロのぬかるみにもハマって
全然きれいじゃなかったけど、
トンネルを抜けたらそこに広がる「きれいごと」と思われた世界は
現実的に手にできることで、
かつやっぱりとてもきれいなんだ、と実感し、

いつの間にか、きれいごとを語ることに迷いがなくなっています。

そして、今日研修で語りながら改めて感じたことは、

「きれいごと」こそが人々の願いの真実であるということ。

「きれいごと」だけが人の深い部分を揺り動かして目覚めさせ、動かせるということ。

語る仕事を授けられた身なのであれば、「きれいごと」以外のなにを我々は示唆すべきと言うんだろうということ。

そして、「それはきれいごとじゃないんですか?」と言いたくなる人々が持つ、
目の前のしがらみや痛みへの深いよりそいを忘れてはならないということ。
課題の渦中にいれば、どれほどそれが厳しいものとなるなのか
(というか、厳しいものに見えてしまうのか)ということを、忘れないようにしたいです。

さて、ことしは、「きれいごと」を実践し検証し本気で語る人々と、
より積極的につながり、さらに仲間を増やして行きたいです。

『わたしを生きる あなたと生きる』
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