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シニア再雇用の方々へのご提案

 2015-11-25
某社にて全社展開中のマネジメントスキル研修にて。

間も無く定年を迎え、
その後シニアとして再雇用されようとしているご参加者が、
「こんな研修受けても、どうせ近く下っ端にもどるんだから」とボヤキまして。

おやまあ、いけませんわ。
もったいない。

組織であらゆるエゴの葛藤を、若さに任せて体当たりして味わい経験し尽くし、
今や気張らずに済む位置になるからこそお任せしたいことがあるのに。

例えば、みんなが目先のことにこだわって見落としている大切な場の本音を、
押し付けるわけでもなく、ぽろっと伝えてくれたりとか。

もしくは、不本意なことがその組織に起きていて、
みんながその課題を駆除しようと躍起になっている時、
「ほほぅ、この出来事になんか意味があるとしたら、なんだろうねえ…」
なんて、純粋な好奇心から言ってくれたりして。

それは、血の気の多い若い衆たちをサポートする、
大切な役割になると思うんですよね。

よろしければ、そのときのための「在り方」(これ、ものすごく大事だから!)を、
こういう部下育成系の研修から学びとるのはいかがでしょう。
と、おすすめしました。

※ちなみに「俺の若い頃は…」は地雷ですからね(笑)
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中堅社員としての意識改革

 2015-11-13
若手から中堅に成長するきっかけを提供する、意識改革系研修にて。

2日間のディスカッションやワークを経て、終盤ごろのグループトークで…

「俺たちさ、実は結構、力を持ち始めてるよな。
そういえば、もう課長も俺の提案を断ったことがないし」

「わたしも上司に何を聞いても、
まあやってみろ、と言われる気がしてさ…だからこそ、言えなかった」

そーかー、なんか、自分の一言が周りへの影響がある気がする。
もう、若手じゃない次の役割があるのかあ
。じゃ、その役割をやってみようか…いや、やりたいんだ。
ああ、でも怖いぞ…ほら、責任とかさ…いやでも…。やるか?

そんな会話の先のそれぞれの決断や宣言を見届けて、
なんか、まぶしかったなあ。

そして、自分の価値の大きさに目を背けず認めたら、
やっぱり「トライしてみたい」「成長したい」「自分の力を役立てたい」
という自分に出会うんだなあと改めて感じました。

そういうの、胸が熱くなるんですよえ。

でさ、あとは、わたしは祈るのみ。

研修での宣言を、本当にやるもやらないも、自分で決めるんだよ。
それは、どちらでもいいんだよ、だけど、自分で選ぶんだよ。
選んだら、どんな結果も引き受けられるし、やがて全てが学びになる。

でも、選ばなければ、他人の人生に流される。
それだけは避けて欲しくて。

エールを贈ります。

選択と、発信と、組織と。

 2015-11-08
昨夜は、トヨタファイナンスの篠原さんの講演会and働く女性ばかりのブュッフェ交流会でした。

会社や仲間への愛情たっぷりの篠原さんのご講演に温かい気持ちになりました。

そして、交流会では組織で頑張る女性の方々とおしゃべりをし、
現場感を掴みました。

やはり、フランクな場で伺う生の職場の方々のお話は貴重!

人間関係の喜びと煩わしさ、組織に所属することの面白みと迷い…
会社の規模や働き方に関わらず、
どこにいても、そこに「自分の生き方」を問われ続けるのだと改めて感じます。

そして、組織に所属しながらも
「私を生きる、あなたと(職場の仲間と)生きる」ができる可能性はどこにあるのか。
改めて考察しています。

生産性や結果に向けて巡ってくる役割のある中、
のびのびと活動し、かつ、仲間と調和している働き方…きっとあるはず。

どこに置かれても、結果を恐れず、
自分が正しいと感じたことを選択し発信する、だめならまた次の発信をする。
淡々と、それを繰り返す。多分、そこが始まりであることまでは、掴んでいます。

選択と、完全な答えと、アートと。

 2015-11-07
キャリアや生き方、働き方についての探究心が高じて、仕事にしてるくらいですが、

いざ迷いが生じたときには、
外から与えられる完全な答えには、
いまの自分にカスタマイズされた不完全さが
省かれちゃうことを実感します。

すべてのひとは、人生を通じてアート活動をしている、
と言ったのは、ドン・ミゲル。

人生はその人が織りなすアートである。
キャリア論のD.スーパーもそのようなことを言っていた。

そのアートを放棄し理路整然と一般化された正解を選んだら、
つまんない人生になるのは当たり前ってことですねl。

やっぱさ、最後は自分で選べ、ってことですね。

選択と、失敗と、友の存在。

 2015-11-06
結局、すべて自分で決定してトライして、
失敗しても「あーこーなるのかー」って不快も感じて見届けて、
そして、また選び直して進むしかないんだよなあ。

スイスイとカッコよくなんて、じぇったい無理。

そんなとき、痛みをひとりで消化させるのもいいけど、
「やっちまったよーT_T」ってすがりついて、
存分に泣かせてもらう友がいると、なおいいね。

さらにその友が、私の痛みを取り去ろうとせず、
ただ、そこにいて背中でもトントンしていてくれたら最高。

いくらでもまたトライしにいけるよね。

そんな友に感謝だし、そんな友でありたい。

『私を生きる あなたと生きる』

※子育てにおいても、そうやって子どもによりそってあげたいな。

『シングルマザーの貧困』著者の記事を読み

 2015-11-04
ふーむ…
シングルマザーがそうならざるを得なかった多くの理由のひとつが、
ダメ男君から子どもを守るためだと。

ニュースで夫のDVがらみの事件を見るたび私はイヤに腹が立ち、
そばにいる夫に「もう、この母子を引き受けようよ!あなた、愛人にしてあげてよ」とか言ってしまう。

普通のサラリーマンだし、細かいことにうるさい夫だけど、
少なくとも責任感とか人情味はたっぷりある人だし、いいんじゃないか、とか、ふと思ってしまう。

極論かもしれないけど、一夫多妻制や妾制度について、
私の深〜いところは「Yes」と言ってるんだよね。

器のある男性が頼りなく生きることになってしまっている女性を養えばいい、
とか思ってる模様。もしくは、通い婚。女性同士で協働して暮らし、男性が通う。丸くいきそう。

現実味のない、極論だけどさぁ〜…。
この記事にはほかにも考えさせられる箇所ありました。

『シンブルマザー貧困』の著者が語る

女性向きキャリア研修ご参加者の感想メール

 2015-11-02
以前某組織にて登壇したキャリアデザイン系研修にご参加の方から、
直接こんなメッセージを頂きました。

研修受講の感想をまとめたものは頂くのですが、
どうしても会社提出物として少し内的に加工された言葉が並ぶので、
こんなまっすぐなメッセージをいただいてすごく嬉しくなりました♡

研修でもFacebookでも、
自分が感じることをなるべく正直に誠実に、
かっこつけず出したい(ま、たまにかっこつけちゃうけどさあ)。

そしていたわりも忘れず。

そんなことに心を砕いて語ろうと日々精進しています。

その役割を改めて感じますし、励みになりましたので、
ご本人に確認の上、ご紹介させて頂きます。

『典子せんせー

講義終わり速攻ハグを求めに参った者です苦笑

先生に出会えてよかったです。転機いただきましたよ(☆∀☆)

去年位から軸作り始めたばかりだったんです。

自分の軸、太くしなやかに肥やしていく中、先生にお会いしました。

だから、5年後は、少なくとも夢中なれる仕事を見つけて、
それにむかって本道歩いていたいんです❤

先生、今日は、本当にありがとうございました。

素敵な先生の雰囲気、姿勢、気持ちよかったです🌌』

さてさて。

こうやって自分の軸で生きるとか、自分を幸せにしようとすることって、
じつは勇気がいることなんですよね。
なんで勇気がいるのかは…、そこに向きあう人ならわかりますよね。
さ、私も勇気をもらっちゃったぞ。

ハートを燃やして参りましょう。

私が一番腹が立つひとってね。

 2015-11-02
怒りには、願いがあると先日学びましたので、
ちょっと怒りを出す練習でもしてみます。

私が一番腹が立つひとってね、故意にひとの足をひっぱる人なんですね。
ネットなどで見かける自分と関係ないひとへのやっかみ投稿みたいなものが目に入るのも、
本当にイライラしてきます。

ひとの足をひっぱりたくなる衝動までは仕方ない、人間だもの。
でも、実行に移すなよぉ!ってね。

そういうひとが大嫌いで、半径10メートル以内に近寄ってほしくない。
あ、半径50キロにしよう。

昨年、佐々木かをりさんの講演会で
「世の中に友達は2種類。足をひっぱり合う友か、
背中を押し合う友(さ、そんな中でも一歩づつやって行こうよ!って背中をばーんと押してくれる友)」

と聞き、なるほど、と思って、よく研修でも伝えています。

昨今の働き方過渡期は自分の価値観を試されるとき。
そんなときは、背中を押す友に語るようにして、さらに自分は背中を押す友でいましょう、と。

でもね、私だって、やっかみやら嫉妬やら、もちろん感じることもある。
そして、そういうネガティヴな気持ちってわりと自分も苦しいんだよなあ。
なんだろう、この心のしくみ…というわけで、自分の中を観察していたら、わかりました。

シンプルなことです。
そういうときって、中途半端になにかをあきらめているときなんです。

すると、あきらめていない人を見ると、邪魔したくなる。
いやあ、ひとって、難儀やねえ。

だから、さっぱりきっぱりとあきらめ切れないことは、
観念してみっともないほどトライすればいいと思うんですよね。

コツは、なるべくかっこ悪く、なるべくみっともなく(笑)。
するとね、周りにそれを応援して背中を押してくれる友が現れるから、
なかなか素敵なもんなんです。

それが手に入るかどうかはわからないけど、
よき友は必ず増えるんですよね。

そして、そんなとき、わたしもきっと背中を押しにゆきます。

『私を生きる あなたと生きる』
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